※Webでの予約受付は終了しましたが、若干当日席も用意しています。各日10:30より受付致します。
※Webで予約された方へ。当日は、開始5分前に受付を済ませてください。遅刻された場合はキャンセル扱いとさせていただき、当日席として解放しますので、ご協力のほどよろしくお願い致します。
2018/11/10(土) ブックリスト
@ 恵比寿ガーデンプレイス グラススクエア B1
岡安みほ
稀少難病と告知を受けた25歳。進行して車イスになり、塞ぎ込む日々。でも、それを変えてくれたのは”仲間”でした。ダンス、旅行、スポーツetc。私の夢は広がるばかり。今まで出会った仲間、経験したこと、その中で感じたこと。30分、一緒にお話ししましょう!
廣瀬真由子(日本アルビニズムネットワーク)
アルビノ(先天性⽩⽪症、症状は⾊素⽋乏、弱視、⽇焼けしやすいなど)当事者として⽣まれ、4年間の不登校、通信制⾼校を経て、⾳楽⼤学と⼤学院を声楽で卒業・修了した私。今は声楽家を⽬指して、アルバイトをしつつ勉強を続けています。アルビノのこと、学校に通うということ、通わないということ、クラシック⾳楽や声楽について…⾊々お話しましょう。
あっくんママ(渋谷区手をつなぐ親の会 会長)
あっくんは超‼自閉。独特な世界を持っているあっくんと一緒にいると、街中ではいろいろな事が起こり、様々な視線を感じます。突然スマホの画面を覗かれた、後ろから押された、変な目で見られた、奇声や大声をあげて騒ぎ始めた…えっ?!と思うこんな時、あなたならどうしますか? 不思議な言動の理由やあなたにお願いしたいヘルプについてのお話しです。
守屋美由貴
思春期に精神病が発症。症状が重かった為、家族の愛に気づけなかった私。30歳のころ、どん底に。それからひとつの出来事があって、人間愛を知り、辛い時引き上げてくれた人。段々と、家族の愛も知った。私には強い猜疑心があったが、心の持ち方で見方が変わってきていて、今は気分、活動の振り返りから自分の傾向に気づくことができるまでに成長できました。
及川彩(ヨガインストラクター)
「娘さんのお耳は聞こえない可能性があります」
出産から3日目の朝。可愛い我が子に癒されていた私に衝撃のお告げが下った。
新生児聴覚スクリーニング検査でリファー(要再検査)。
どういう事?この子に私の声は届かないの?今までの語りかけは?
涙にくれた2日間。私を救ったヨガの教え。
その日から始まった「難聴とはなんぞや」の学び。
知ってほしい。あなたの側にもきっといる「目に見えない障害」を抱えた人の事。
及川彩(ヨガインストラクター)
10代の摂食障害、20代のうつ病。
会社を病休していた30歳。
2011年3月11日。福島にて東日本大震災を経験。
やがて夫となる気仙沼出身のパートナーと共に、「生きる」ことを真剣に考え始め、心身は明るい方向へと向かった。
そこにあったヨガとの出会い。そしてヨガを生きるいま。
現代人に必要な「内観」と「休息」を、障害を克服したヨガインストラクターが伝えます。
小林春彦(DO-IT Japan(東京大学先端科学技術研究センター))
18歳の時に脳卒中に倒れ10年。以来、私は身体機能と脳機能に、それぞれ外見からは見えない障害を抱える中途重複障害者として生きていくことを余儀なくされました。しかし田舎を飛び出て上京し、自作音楽を配信し本を出版し制度の改革を成功させ、日本全国で講演活動に勤しみ芸能事務所に所属する…と私にとって18歳は、人生のターニングポイントでした。それまでのこと、あれからのこと、これからのことをお話しします。
天羽柚月(日本一ヘタな歌手)
5歳の頃に発症した原因不明の障害が進行し、現在は重度身体障害と言語障害があります。そんな私の人生はまるでジェットコースターのようなもの。死んだ方が楽なのでは?と思った事もあります。ですが母の死を機に、歌手やモデルそしてデザイナーとなった私。変わらず思っている事はただ一つ。絶対にどんな事があっても自分の夢を自分だけは諦めないという事。
井口政基
視力矯正の不具合を抱えている現状の苦しさを伝えながら、視力矯正の不具合、性に関する障害、側弯症、ひきこもり、それぞれの当事者でありつつ、それらの不具合や障害を抱えた1人の個人として、自分の境遇や問題意識を伝えていきたいと思っています。
しめじたくや
僕は生まれつき右瞼の筋力が弱いため、左右の眼の大きさが違って見えたり、眠そうに見えたりします。周りに同じ様な瞼の人がいなかったため、子供の頃からそれをからかわれたり、イジられて来たため、劣等感の原因になりました。誰にも相談出来ず、ずーっと一人で抱えたまま50歳を過ぎた時、ふとしたきっかけで眼瞼下垂の会を知り仲間達と出会ったのです。そして彼らと過ごすうちに僕は何かが変わり始めて来ました。
神原由佳(日本アルビ二ズムネットワーク/社会福祉士)
アルビノでよかったこと:目立つので悪さができないこと。
アルビノでよくなかったこと:こじらせ女子になってしまったこと。
上記以外にも揺らぎながら今日まできました。
たぶん、これからも色んなイベントが待ってると思います。
東京の片隅で、私たちの小さな変革を起こしましょう。
遠藤 彰(会社員)
2年程前、軽度の自閉症の息子が、フランスのボルドーで開催された国際アビリンピック大会に出場し、2つのメダルまで獲得した。
そこに至るまでの、子どもの得意な事を見つけ、それを伸ばしてあげる方法とは?
障害のある子を授かり、育てていく中で考え思ったことや気づき、親、特に男親の出来る事って何??、
など、私の実経験からのたわいのない話が何かにお役に立てれば、幸いです。
metro(LGBT当事者・活動者)
昨年度HLで発刊した『metroのトリセツ』を、今年度第2版として発行します。
LGBT当事者の目線で、トリセツ(取扱説明書)のような、LGBTあるあるのような、そんな一冊となっております。
今年度は読者との対話をより意識して発行する予定です。
もっと知りたいLGBTのあんなことやこんなこと…どしどし尋ねてください!
是非とも、会場にてお気軽に手に取ってくださいませ。
黒木聖吾(NPO法人アクセプションズ 副理事長)
あなたの知っているダウン症候群の知識は最新ですか? ダウン症のある子どもの父として、渋谷や新宿で開催したバディウォークや様々なNPO活動を通じて、私が知ることができた心豊かな世界について語ります。
西澤 惠(認知症介護者のおしゃべり会)
「認知症=人生終わり・家族も大変」と思い込んでいませんか?私の経験した頃は、情報も制度も無かったので悲惨な状態でした。認知症になった本人に「どう感じている?どうしてほしい?」と聞くなんて思いもしませんでした。でも今は違います。確かに、大人を介護する事は大変ですが、制度を利用し生活に工夫をして普通の生活を続けている人が増えてきています。今、必要なのは、認知症への古い情報と思い込みを捨てる事です。
赤羽広江(双極性障害・発達障害)
皆さんは夢を持っていますか?私は病気になって約10年になります。入院を何度もしました。何度も何度も自殺を企てました。けれど、生きることの意味を見出してから世界に色がつきました。病気や障害があっても夢をもっていい。そんな私の夢をお話しさせていただきます。
田中知美(ネフローゼ症候群患者・就労移行支援事業所支援員)
2008年、腎臓の難病であるネフローゼ症候群と診断され、現在も治療を続けています。病気がきっかけとなり、福祉の世界に転身。就労継続支援A型の花屋を経て、現在は、発達障害専門の就労移行支援事業所で支援員をしています。なぜ障害のある方の就労支援に携わるようになったのか、日々の仕事を通じて私が感じている課題などもお話しさせていただければと思います。
くまっち
障害者の家族を持ち、出産と同時に介護が始まり、フルタイムで働きながら、15年間に渡り自分と夫の両親4人の介護をしてきた経験、また自身も病気になった経験から、働き方や福祉について考えるようになり、同じように悩んでいる人の力になりたいと、キャリアカウンセラーの資格を取ったことをきっかけに、現在、社会福祉士を目指し、通信制の福祉大学の4年生。やりたいことは沢山あるが、これまでの経験にどんな意味があり、自分がこれからすべきことは何なのか、色々模索しながら勉強中。
河野陽介(東京藝大卒 歌うゲイのおっさん)
「いっけな〜い!多様性多様性! 私、河野陽介。32歳、中20!おうし座のO型!どこにでも居る至って普通のゲイ!でもある時おっさんレンタルに登録しちゃってもう大変!しかも今年もまた超福祉展ヒューマンライブラリーの登壇が決まっちゃって…!?一体私、これからどうなっちゃうのぉ〜!?!?!?」
瀬戸崇史(就労継続支援B型事業所支援員/精神保健福祉士)
精神疾患があることで、あきらめなきゃいけないことってあるでしょうか…就労、一人暮らし、恋愛、結婚etc
20代後半に調合失調症を発病し、今現在も服薬治療を継続している私が今までの治療の過程でうけた「精神疾患の人はこのように生きていくもの」、みたいな風潮に対して感じてきた違和感、それに反発したり、でもうまくいかなかったり、試行錯誤を繰り返しつつの結果、なんとなくいま自分のことが好き、といえるようになりました。サクセスストーリー的なお話をするつもりはありません。私のお話が何らかのきっかけになればうれしいです。
上田 肇(ギラン・バレー症候群)
今まで大きな病気も怪我もしたことがなかったのに、突然、全身の神経繊維が壊れて体が動かなくなる難病に襲われました。治療法がなく自然治癒ない難病ですが、(3年以上かかりましたが)奇跡的に回復しました。
患者会で、たくさんの患者さんや家族とお会いしたりお話したりしてきて、病気になると何が大変なのか、当事者のコミュニティーで何ができるのか、エピソードを交えてわかったこと気づいたことをお話します。
川口育子
20歳でひょんなことからわかった目の難病。
現在までの34年間の心の動きを、出来事とともに語ります。
駒崎サリー(日本聴覚障害者心理協会)
ストレスなく父と上手く付き合っていく方法、まだまだ模索中です…笑。
また、最近家族との関係について悩みや愚痴を“手話で”語り合う活動も始めました。そのことについても、ぜひお話できればと思います。
坪井圭子(会社員)
突然、左耳が聞こえなくなったけど、ずっと耳鳴りがしているけど、よかったこともあります。少し聞こえないことがあっても、細かなことを気にしなくなったことで余裕がうまれたり、耳鳴りの程度が体調を教えてくれるので、無理をしないようになりました。難聴にならなかったら、無理を続けて、別の病気になっていたかもしれません。こんな風に、受け入れられるようになるまでのストーリーをお話しします。
目次:1.発症時、2.絶望的だけど楽しい入院生活、3.聞こえない自分を受け入れられるようになれるまで、4.今の生活。